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『人魚姫』と寺山を振り返って
---劇団人形の家のこと、寺山版『人魚姫』の演出ポイント---
清水浩二
 1966年の初夏、高山英男氏などの提言や支援により私は再び人形劇団設立を決意した。そして私は旗揚げ公演に『人魚姫』を企画し、寺山修司に台本執筆を依頼した。(無論、この企画案には高山氏も賛成であった。)
 その『人魚姫』執筆依頼の時、私は寺山に2つの驚きを体験させられた。そのひとつは、寺山がアンデルセンの『人魚姫』を全く知らなかったこと。名前も初耳らしかった。(そう言えばある大劇団の著名な演出家も知らなかったと聞いている。)
「人魚姫」舞台写真
「人魚姫」舞台写真より 船長の家 
Photo by Akira Fujii
 慌てた私は、その場に同席していた秋田次男に頼んで近くの本屋から文庫訳を買って来て貰い、寺山にプレゼントした。寺山への本のプレゼントと言えば、この『人魚姫』童話以前にもシュールレアリズム最大の先駆的作品のアルフレッド・ジャリの『超男性』(佐藤朔訳)をプレゼントし、『人魚姫』以後では、東洋文庫の『説教浄瑠璃集』(「さんせう太夫」「しんとく丸」など、収録されている)をプレゼントしている。

 それと、寺山さんに驚いたもうひとつは、「寺山さん、私の劇団に名前付けてくれない?まだ名前付けてないから・・・」というと間髪を入れず「人形の家、劇団人形の家がいいよ。」「なるほど、いいですね。」この才気煥発ぶりには舌を巻いてしまった。
 寺山さんに台本執筆を依頼してから1ケ月後位に、寺山さんの原稿が入って来た。色々なアイディアや寺山らしい感覚・感性の沢山見られる台本だったが、私は三つの点で頭を抱えた。

 その1つは、「今日、両親同士の話合いで、ぼくとマリーとの結婚の話が正式にまとまったのだ。ぼくは、お前の方がいいって言ったんだが、親の言いつけじゃ仕方ないことさ。彼女はマリーと言うんだが、きっとお前とも仲良くやっていけるだろう。」という台詞に私は一寸困ってしまったのだ。

 その2つ目は、幻想劇だから気にしなくてもいいのだろうが、海の中に金魚がいることにひっかかり、<赤い金魚キキとは何を表しているのだろう・・・?>と考えてしまった。

 そして、3つ目は、大ラスの「舞台のあちらこちらから水の泡が吹き上がると、家も道具も全てのものが飛び散り、あとは、素晴らしい水の泡、泡、泡。その中をコーラスが高まってゆく。ゆっくり幕。」についてである。

「人魚姫」ラストシーン
「人魚姫」のラストシーン Photo by Akira Fujii

 

「人魚姫」舞台写真
「人魚姫」舞台写真 金魚のキキとマルドロール
Photo by Hideo Fujimori

 以上の三点が頭の痛いところだったが、大ラスは、別のところでも触れた様に改変させて貰った。

 また、1つ目の台詞に関しては「ぼくはお前の方がいいって言ったんだが、親の言いつけじゃ仕方ないことさ。」をカットして「ぼくとマリーとの結婚の話が正式にまとまったのだ。彼女はマリーと言うんだが、きっとお前とも仲良くやっていけるだろう。」の方が若干良いかな?と思って直した。

 そして問題のふたつ目の赤い金魚のことだが、この金魚は人魚姫マルドロールの可愛い小間使いだが、マルドロールに愛され、いつもマルドロールについて行動していて、マルドロールが人間の足を付けて貰う代償として自分の声(言葉)を海の魔女に奪われてからは、マルドロールのこころの内を言葉にしてしゃべり続けるキャラクターとなっている。。
金魚のキキは、時には失恋したマルドロールに
「元気をお出しマルドロール。」
マルドロール「・・・・・」
キキ「そう言うあたしも悲しくなりました。・・・・・ふる里も捨て、美しい声も捨ててやって来たけど、あの方の心は手に入らなかった。あの方はマルドロールをかわいがって下さった。でも、それは恋ではなかった。」
(マルドロール首をふる。)
「今夜きりなんですよ。マルドロール。生きていられるのは、・・・・あとには想い出も残らない。」
と言って、キキは泣き崩れる。
金魚メメのカラー写真
金魚キキのカラー写真
Photo by Tsuneo Suzuki

 その夜おそく、マルドロールは、クジラのおじさんと姉のメメから短刀を渡される。
「その短刀で船長を殺せば、その船長の血が、マルドロールの足を魚のしっぽにしてくれる。
そうすれば人魚に戻れ、あなたは300年は生きられるようになれるのよ。」
と言うのだが、マルドロールには恋しい船長を殺すことが出来ない。
そして短刀を海へ投げ捨てる。小さな水音。そしてマルドロールの心の声となる。
「でも、あたしが死んで水になってしまったら、あの人やマリーや、みんなの役にたつこともあるでしょう。愛されることには失敗したけど、愛することなら、うまくゆくかもしれない。私は小さな泡になって、いつまでもいつまでもあの人の近くに浮かんでいたい。(振り返って)さようなら、あたしの部屋。さようなら、あたしの人生。」

 そう言うと、マルドロールは身を踊らせて海へとび込んでゆく。
すると、金魚のキキが、マルドロールを追って水槽から海へ跳ね飛びたいので、何度も何度もジャンプを繰り返した後、うまく行かないので、ガラスに頭をぶつけて死のうとして、水槽の中を猛スピードで廻転し、時々水槽に体当りするが自殺も出来ず、水槽の上手前の水底に沈むようになって体を震わせ嗚咽し続ける。
と、透明になった人魚姫マルドロールが「♪思い出は 思い出は 月夜の海の魚です」のコーラス曲と共にゆっくり、ゆっくり海面に上昇して来るが、金魚は暗い金魚鉢の中で泣き続けるだけである。
「♪思い出は 思い出は 思い出は いつもあなたのことばかり・・・」
これが二度繰り返され、音楽が高まるうちに、ゆっくり幕。

 以上のことからも理解して頂けると思うが、マルドロールは船長に恋をし、金魚はマルドロールに恋をしているのかもしれない。同性愛であり、違う生物による愛であり恋であるのかもしれない。そう捉えた方が、寺山らしさと、作品の奥行きが深くなるのではないだろうか、と考えたのである。

 最後に人形劇の演出の仕事とは、「台本をどう解釈し、どんなリズム、どんな様式で舞台化させるか」だけでなく、「どんな構造様式の人形をどんな方法で動かすのか?」や「どの位の大きさの人形にしたいのかも、そしてカラクリをどの人形のどこにセットして貰いたいか」も決めて人形デザイナーや人形製作者に伝えなければならない。

 また、舞台美術家には「人形遣い(黒子)をどう隠すかの工夫もして欲しい」ことも相談の中で検討していかなければならない上、「人間の劇と異り、登場人物も舞台装置も同じ作り物なので、その長所と弱点をどんな風に処理してみせるのか」も説明する必要があるだろう。無論、舞台照明も「登場人物が人間よりも小さい上に、作り物であることを念頭に少し細かく、かつ黒子(人形遣い)が目障りにならないようにアカリをつくって貰うしかない」ことを理解して貰うように話すことが肝腎であろう。