第1回 追記2 「耽美荘」
清水浩二 Koji Shimizu


 鎌倉アカデミア入学から半年ちょっと経った頃、私と江田が借りていたボロ小屋「耽美荘」には、私と江田の他に後藤泰隆がよく泊まっていた。


後藤泰隆 氏
(卒業後の同窓会にて撮影)
  後藤泰隆は福島県原ノ町の出身の二十才の男で、茅ヶ崎市の知人の所に下宿していたが、私が片岡巍氏主宰の文化団体「かまくら派」の演劇研究会で、内村直也の『秋の記録』を演出することになり、後藤君に父親役を演って貰う関係上、耽美荘に泊まって貰ってる感じだった。

  ところで、この耽美荘というボロ小屋には、六帖の畳の部屋と押入れのほか、板敷きの部屋六帖二間とトイレと台所があったが、板の間は靴のまま出入りしていたので、部屋としては実質和室六帖一間であった。また、台所には水道がなく、外の少し奥の本堂横にコンクリートの洗い場と水道があったので、そこから桶に水を汲んで来て炊事などはしていた。
また、寒くなると、暖を取るのに手作りの炬燵櫓に布団をかけ、中には500Wの電熱器を入れていたが、ある夜、酒の入った江田と後藤が炬燵に入って歌舞伎の遊女まがいのやり取りを始めた。

「主さんは、○○でありんすわいなあ。」
「あーら、わちきがことでありんすかえ?‥‥いけすかぬお人じゃわいなあ。」
などとやってるうちに、二人とも鼾をかいて眠ってしまった。そして少しした時、後藤君が「うっ、うーん」と言って足を動かした感じがした。

「危なくないかなあ‥‥?」と私は気になったので、布団を上げて中を見ると、後藤の足は電熱器の上にのっている。

鎌倉アカデミア在学中の江田法雄 氏


「熱くないのかなあ。‥‥ね、後藤君!‥‥後藤君!」と起こそうとして足をつかみ、電熱器からどかすと、怒ったように「うっ、うー!」と言って足を電熱器に戻してしまった。

「後藤!後藤!火傷しちゃうよ。起きなよ!ね、後藤!」と、体をゆすると、
パッと目を開け、
「ん?‥‥あっちッ!アチ、アチ、アチー!アチチチチチッ!」と跳び上り、台所へ走り行くと桶から水を汲み足にかけた。

「後藤君、水かけて大丈夫かい?」
「大丈夫、大丈夫!」この時、江田が大声を挙げた。
「アッチッチッチッチッ!」
「なんていうことだ。江田まで火傷か!江田早くここへ来いよ。」
「あれ?…俺、火傷した夢見てたんだ。‥‥ああ、よかった、夢で。」
「なあんだ夢か。おどかすなよ。」
「ハア…?あっ、ごめんごめん。」

「ねぼけてるのか、ギャグなのか…変なやつだよ江田って。」


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